障害を抱えて生きて居るから言いたいhiroshiのことば

この身体で産まれて来た湧き上がってくる意味を思いつくままに伝えて生く

🌟ちょっと、六呼吸🌟 漢字が書けないこと(2018.04.03)

🌟漢字が書けないこと🌟

 

今回、

自分に眼を向けて話します。

 

ぼくは、

ほとんど、ひらがなでブログの原稿を描いている。

 

漢字はある程度読めるし、知っている。

でも、

簡単な物しか書けない。

だから、

どんな文字を使いたいのか説明書きを書いて、

文字を使ってもらうことがある。

それでも文字には同じ読みが有って、

文字は解っていても、説明書きに、

どう書いて良いのか解らない。

イメージがあるからこそ悔しい。

でも今では、

このブログでは、

代筆者の座敷童さんが、

イメージを共有し、

膨大な想像力を駆使して変換しアップしてくれている。

 

パソコンなら変換機能が有って、

探して番号を押すだけで良いからできるから、

楽かもしれない。

最も、

押し間違いは誤字脱字になって、

素直に出る。

 

言葉で話して、

文章にしてくれるパソコンなら、使えるかもしれない。

 

20年くらい前、

IBMの「アプティバ」というパソコンを買って貰った。

そのパソコンでも、

ソフトをインストールして、

表示される文章を読まないといけなかった。

でも、

発音や読む時間に制限が有って、

巧くできなくて、

「嫌われた」のです。

 

人間の考えた文明の利器に、

排除されたのでした。

 

その時のショックは大きかった。

その時は、

困ったと想ってパソコンを嫌いになった。

 

そう考えると今は、

タブレットスマートフォンで話せば、

検索をかけられる便利な時代になった。

 

今は、タブレットを使う時にこの機能を使うけれど、

前よりは嫌われなくなった。(笑)

 

やっと、

機械が僕の力に合わせてくれる時代が来た、と

想っている。

 

今度は、

時代について生きたい。

 

先端の技術に乗って生きたいと想うこの頃なのでした。

🌟ちょっと、五呼吸🌟 話すことと手紙を書くこと(2018.04.03)

🌟話すことと手紙を書くこと🌟

 

人に伝えるということは、

難しいと感じる。

 

言葉(喋ること)で上手く伝わらないと感じたら、

手紙(文字)という手段があると想っている。

 

でも、

普段の生活の中では、

言葉が中心になる。

 

でも、

人にも因るけれど、

伝わりかたが違ったり、

捉えかたが違うことがある。

 

言葉を間違えたりしても、

ニュアンスや雰囲気で、感じ取ってくれる人も居る。

 

言葉を使えるほうだと思われている自分は、

最近、話すことがプレッシャーに想って、

会話なら凄く話しても、

頼みごと、伝えることは、

辛く感じる。

伝え上手には、

幾ら話しても成れない。

これは、

自分が話を始めてからずぅ〜っと感じてきた。

 

「話すこと」と「伝えること」、「伝わること」の難しさに、

苦しさも加わってきた。

 

昔から、

こんなことをズッと言われてきた。

 

「どうでもよいこと」はいくらでも話すのに、

「肝心な事」は、話さないと……

 

言われて、ぐうの音も出ない時と、

そうでは無いんだけど、と、心の底から感じる時がある。

 

僕は普段の生活で、

言い返すことはあまり無い。

言い返すよりも、

溜める、溜まる、性格なのです。

 

話していて、

喧嘩や言い合いになると、

「そこまで言うなら、自分ことは自分でやれ❗️」と、

「究極の一言」を言われてしまうことが有る。

 

「言いたいこと」は、

全くというほど変わってしまう。

 

だから、

聞き出してもらえたり、

話し易い気持ちの環境をつくってもらえたり、

そういう形で話せる人間関係や、

ある意味、

そういうところもあるんだな、と、

思ってもらえたら良いな、と想う時が在る。

 

これは、

甘えたいわけでは無くて、

心の余裕をつくって欲しい、

創りたいと、

想うのです。

 

話している時も、

人の話を聞かなければいけなくて、

黙っている時と、

言えない時、が在る。

 

でも、

自分が人に伝えたい時、

講演や自分の力や、話す熱さで、

「伝える」「伝わる」ことが多い。

 

今も自分の熱さが伝われば、

と、想っている。

 

想うことの中に、

伝えたい、伝わって欲しいことの他に、

想うの中に、

熱さが詰まっている情熱を込めてある。

 

敢えて言うのは、

伝わるようにしたいのです。

 

文章を読む時に、

純粋さ、真っ直ぐさや、

楽しさは伝わってくる、感じる時が、

自分には沢山有る。

 

でも、

自分が大切にしたいのは、

物事に対する熱さ、

行動や口動の中に在る熱を込めることだと想う。

 

本当は、

読んでくれる人の感性に任せたい。

 

でも、

この一言で、

伝力の弱さを、

弱いなりにも高めたいと考えたのです。

 

こういう時、

作家の様に巧く描けたり、

引き込まれる文章が描けたらと、

染み染み感じる。

 

最も、

それができたら、

僕は作家に成れるかもしれない。

夢未来❣️006 新しい生活に向かって (2019.03.16)

❣️新しい生活に向かって❣️

 

みなさん こんにちは hioshiです。

 

桜の開花が数日と言われる今日この頃、

みなさんはいかがお過ごしでしょか?

 

horoshiは、

2019年になってから、

3本ほど話を描いた後、

70日以上ペンを置きました。

 

そして、

ペンを再び走らせることにしたのは、

このテーマに向き合うことにしたのです。

 

それでは、

スタートさせます。

 

そのテーマとは、

「新しい生活」です。

 

2月3日、

僕は、

「地域での生活に向けて」の講演を聴きました。

 

今日本は、

これ以上施設を造らないで、

地域での生活を中心にすると決めました。

 

では、

どんな道があるのか❓

どんな考え方をしていけば良いのだろうか❓

と、考えることになっていくのです。

 

そこで考えついたものが、

「生活拠点を創ること」なのです。

 

皆さんは、

「生活の拠点」というと、

何が思い浮かびますか❓

おそらく、

「家」という一文字が浮かんで来るのではないでしょうか❓

実は、

僕も、

そう想って居ました。

 

ところが違ったのです。

 

ここで言う「生活拠点」は、

あらゆる立場の人たちが連携を組み、

一人一人の生活を支えるということなのです。

 

僕は今、

連携またはシステムづくりという、

一つの答えを話してしまいまいたが、

それがどういうことなの?と、

思われる人に、

僕なりに説明をします。

 

例えば、

hiroshiが地域での生活をイメージをする時に、

医療(訪問看護・病院)

グループホーム(運営者・世話人さん)

一緒に考える人(ケアマネジャー)

など、

いろいろな人の力が必要になります。

 

今描いた他にも、

たくさんの人が必要なのかもしれません。

 

この話を読んでいる皆さんも、

他に何があるのか考えてみては良いのではないでしょうか。

 

さて、

hiroshiが今描いた三つの組織が連携することが、

「生活拠点」と言う事なのだと言うことを、

hiroshiも、

この講演で知ったのです。

 

「連携」と一言で言うことは簡単ではあるけれど、

どんな像(カタチ)があるのか❓

と、想ったりします。

 

また、

すごく失礼な言い方になりますが、

そのシステムが無いとか、

巧く機能をして居ないところもあると感じて居ます。

 

日本は、

施設から地域へと、

新しい像を創って行こうとしている。

そのことは、

「新しい福祉」としては、

良い事なのかもしれない。

 

なぜなら、

「障害者」も健常者も関係無い 、

「一つの地域」が生まれて来るからです。

 

地域と施設の壁を壊すことになるのだと想います。

 

「福祉のベルリンの壁」に、

小さな穴を開けるために、

みんなで一歩を踏み出すことになるのだと、

hiroshiは想って居ます。

 

施設は造らないでも、

今在るものを使うことは出来ると、

講演で話していました。

 

日本は今、

人口の減少が始まりました。

 

そうなると、

施設は余ることになります。

 

そこを使うことも、

「生活拠点づくり」の一つであるというヒントを、

くれました。

 

2020年4月、

「新しい福祉」を、

一つの法律と供に、

目指して行くことになります。

 

皆さんの住む街が、

どの様な「生活拠点」を考えて目指して行くのか❓

 

それは、

福祉に関わる人達が動いて、

地域に発信をして行くことに為るわけです。

 

どんな像を創るのか❓創りたいのか❓

いろんな考えがあると想います。

 

一つの街でできるのか?

いくつもの町とやって行くのか?

どんな像が創れるのか❓は、

hiroshiにも想像できません。

 

でも、

この取り組みはスタートしていきます。

そして、

それぞれの生活を送って生くのです。

 

ここで重要なのは、

「施設」なのです。

 

今は、

施設は、

「福祉の最前線」だと想って居ます。

でも、

これからは、

「最後の砦」に為るのです。

 

地域で生活が送れなくなった時に、

「生活できる場所」になると、

hiroshiは想います。

 

これからの福祉は、

行政(役所)がやるのでは無くて、

「行政を動かす」ということになるのかな、

と想います。

 

それと供に、

デイサービスやショートステイなど、

行きたい処を選んで行ける様にしていかなければいけない、

と、想います。

 

何故そう想うのかというと、

自分の行きたいタイプのデイサービス等が、

一つしか無い地域も沢山在るのです。

 

その上で、

「障害者」も、

サービスを受けるだけではなくて、

自分たちも、

地域の福祉を想像するという時期が来た、

のだと、

確信したのです。

 

hiroshiは、

「支えて貰う自分」から、

『支えてあげられる自分』に成りたい、

と、想っています。

 

hiroshiは、

自分の生きている間に、

これが『hiroshiの想う生き方』なのだ、

と、言えるものを創る為に、

頑張って生きたいと、

想います。

夢未来 ❣️ 005 戦争❓ 平和❓ (2018.08.08)

❣️戦争❓ 平和❓❣️

 

こんにちは、hiroshiです。

 

150本目になりました。

 

本当は、

「障害 」についての話を描こうと想っていましたが、

「戦争についての話」を、

させてください。

 

1945年8月6日

広島に原爆が投下されました。

同じく8月9日

長崎にも投下されました。

 

そのことが最終的な結果になり、

8月15日

「敗戦(負け)」を認め、

終戦になったのです。

 

本当は、

もっと細かく書くべきことなのでしょうが、

嘘や間違いを書きたくは無いので、

ペンを先に進めて行きたいと思います。

 

みなさんは、

天皇陛下をどう想いますか❓

 

昭和天皇は、

戦争をする中で最高責任者であったのだと、

おじいちゃんから教わりました。

 

子どもだったので、

僕には解りやすいように説明をしてくれたのだと想います。

 

では何故、

天皇が国民に慕われるようになって行ったのか❓

それは、

「全国お詫びの旅」に出たそうです。

そこから慕われるようになったのだと、

教わりました。

 

その後昭和40年代になり、

日本国憲法に替わって、

天皇は「象徴」として位置付けされました。

 

その後日本人は、

天皇陛下を慕うようになったと、

僕は認識しています。

 

戦争の終わりについて描きたいわけではなかったけれど、

チョット書かせてもらいました。

 

ちなみに加筆になりますが、

日本は、

「戦争で敗けを認めた唯一の国」です。

 

今広島には、

被爆者」が15万人居るそうです。

その方たちの平均年齢は、

82歳なのだそうです。

 

戦争を知る人は、

時の流れと共に減っていきます。

だからこそ、

戦争のその後の貧しさについて、

聴いておくべきなのだと感じています。

 

ちなみに、

hiroshiの親も二人とも戦後生まれです。

だから、

貧しさは知っていても、

戦争の事態は知りません。

ということは、

hiroshiは、

戦争を知らない第2世代なわけです。

 

日本の戦争の振り返りをしたくてペンを走らせたわけではありません。

ごめんなさい。

 

ここから、

描きたいことをスタートさせます。

 

今世界に、

1万個以上の核爆弾が在ると言われています。

 

使ってしまったら、

世界は「混乱の道」を進むでしょう。

 

言うならば、

核爆弾を持つ国は、

政治的優位の他に、

軍事的優位も持って生きたいのだと想います。

 

今も残念ながら、

世界の何処かで戦争は起きています。

 

国に中で主導権争いをして国を壊し、

罪の無い国民を殺し、

戦争難民を増やして居る。

 

日本は、

専守防衛」の下に戦争をせず、

「軍隊」を持たず、

と謳っている。

 

自衛隊」を「軍隊」と言われる人も多いこの頃ですが、

それは人それぞれの考えが有るので、

hiroshiの見解も有りますが、

この話の中においては、

控えたいと想います。

 

戦争は、

子どもの未来、

地域の繋がりなどを、

奪ってしまうからこそ、

起こしてはならない‼️

 

これは、

広島、長崎の被爆者の人でなくとも、

認識をしてもらえるのではないかと想います。

 

戦争は、

国が豊かであろうと、

貧しい国であったにしても、

起きてしまうのだ。

 

考えてみれば、

人間は頭は良くても、

必ずしも、

正しい頭の使い方はしていない。

 

そんなところに頭を使うならば、

貧しい国に沢山食料を贈ったり、

料理を作ってあげたり、

生活の援助を、

もっとやれば良いと想ってしまう。

 

さて、

日本に話を戻します。

 

おじいさん、おばあさんたちが、

戦争は苦しかったはずなのに、

活き活きと話をしてくれる。

それが何故なのか❓

高校生くらいの時は解らなかった。

 

でも今は、

それがなんとなく解る。

 

苦しい時代を生き抜いて子どもを育み、

僕たちの親にしてくれた。

 

そして、

自分たちも子どもに伝えていくのは、

僕たちの責任だと想っている。

 

そして、

語り継ぐことで、

平和な日本、

平和な世界を築く、

一つの考えが育っていく。

 

そして、

平和への道が続くだろうと想って居る。

 

暑い夏に、

戦争とは何か❓

という大切で、

大きなテーマを考えた、hiroshiなのでした。

 

みなさんも、

それぞれの感性(心)で考えてみては、

いかがでしょうか❣️

 

※代筆者からのお断り

hiroshiは、先天性脳性麻痺による肢体不自由状態です。

脳躍動状態と身体運動機能との不整合を抱えていることで、

言語表記の不具合を抱えて居ます。

本人の意思のもと、

合理的配慮で表記変換を施しています。

また、

文章スタイルは、hiroshiのありのまま状態を尊重し、

意思と感情を反映しつつ、若干の加工を施しています。

そして、

投稿掲載タイミングは、

天運に依り運行されていることも、

御理解願います。

(座敷童子)

介護とは何か❓ 015 人を育てること (2018.04.02)

*人を育てること

 

人を育てることは、

「共育」と僕は想う。

 

今年も僕は、

「フレッシュmen」「フレッシュwomen」と、

一緒に育ちたいと想って居る。

 

「人材育成」は、

組織にとって毎年の課題のように想う。

 

特に、

福祉においては、

「情熱」を持って就職をしても、

数ヶ月で辞めてしまう。

仕事の「過酷さ」や、

「水準」を求められることに着いていけない「自分の心」があるのだと、

僕は感じて居る。

 

そんな時僕は、

こう、声をかける。

「あなたならできるよ。」

「できるからやろうよ。」

「頼りにしているね。」など、

関わる上で、

「タイミング」と「前向きさ」を観ながら話す。

 

なぜそうするのか❓

 

「教育」「教え育てること」は、

職場の先輩たちがするべきこと、

してくれること、

と、考えて居る。

 

「厳しく」と、

時には「愛情」を持って、

利用者さんの生活を護るために教えていると、

生活している中で、僕は感じている。

 

ではなぜ、

「できるからやろう。」と言うのか❓

 

それは僕が、

親の会社で仕事していた時に想ったことがある。

18歳〜29歳まで、仕事をしていたことがある。

周りからは、

仕事の真似事に見えていたかもしれない。

 

「電話の対応」

電話での仕事の確保をしていた。

 何故かというと、

運送業なのである。

 

僕の周りは10歳、20歳上の先輩ばかりで、

僕は「社長の息子」で、「障害者」で、

車に乗ること=現場に出ると従業員は思っていた。

 

いつか僕は 「現場第一主義」と言ったら、

トラックにも乗らずに、

現場にも行かない。

「あっち行け、こっち行け。」と言うだけの奴に言われたく無い、

と言われた。

 

なんと酷い言い方だと、

正直若い僕は想った。

 

でも、

ドライバーをしている人はプライドがあったのだと、

今ならなんとなく解る。

 

そのうえ僕には、

大人に着いていかないといけなかったのです。

だから僕は、

背伸びをして大人になろうと思い、

「焦り」もあった。

当然、無理なのだ。

 

それに僕は、経営者の息子だし、

「仲間」にも「同僚」にも成れなかった。

「働く側」と「会社経営者」は、

一緒にはなってはいけないところもあるし、

難しいところなのです。

 

だから僕は、

「心の現場第一主義」を掲げた。

 

正直僕にも、

「仲間」と切磋琢磨しながら、

大人の階段を昇りたかった。

 

そんな想いがあって、

面倒を看てもらう、

お世話になる自分で在っても、

「心はユックリ大人になっても良いよ❣️」と、

少し歳上の人生の先輩として、

いろいろ話をしている。

 

実は、

最初に書いた言葉は、

自分がかけて欲しい言葉でもあったんだ❣️

 

若い頃には余裕が無い。

求められる事が多いからだと想う。

 

でも若さには、

「伸びしろ」と「成長力」と「可能性」は有ると信じている。

 

僕には、

「教育」はできないし、

そんなに偉くも無い。

 

でも、

「共育(共に育つこと)」は、

ユックリでも一緒にできると想っている。

 

なぜなら、

自分はユックリ確実にしか、成長できないと想って居る。

でもそれならできると自分を信じて居る。

それでも、

自分が一歩一歩歩いて道ができたという自負がある。

 

だからこそ、

「フレッシュmen・フレッシュwomen」たちと、

頑張って自分の毎日を生きて、

「hiroshiの仕事」を、

一日一日「全力投球」したいと想って居る。

 

今は、

そんな明日を楽しみにして居る。

 

 

 

介護とは何か❓014 障害とは何か? (2018.04.01)

*障害とは何か❓

 

僕は、

「障害者」という言葉を、

何百回と、書いてきた。

 

いろいろな「障害」を抱える人が居る。

 

その中で、

「どの障害のほうがこれが出来るから良い」、と

親たちが言うのを聞いてきた。

 

実際、

「どの障害が良い」なんて、

僕には言えない。

 

ただ、

「歩けない」より、

「歩けた」ほうが良い。

 

「話せない」より、

「話せた」ほうが良い。

 

「トイレが解らない」より、

「解った」ほうが良い。

など、

いろんな言葉を聞いてきた。

 

そのことは、

「かわいそう」「羨ましい」、

と、

関わる中で「大変さ」を感じるからだろうと思う。

 

でもそれは、

「本人たち」が、

自分の心や、考えの中で、

自分なりに解っていて、

悔しい、のだ‼️

 

「無い物ねだり」

「できない物ねだり」が、

あっているかもしれない。

 

そんな気持ちをもっての「言葉攻め」や「文句」に心が晒されるより、

「自分の身体」を、

とりあえず「受けとめて欲しい」と、

感じるのです。

 

なぜ、

「受けとめる」

と、

敢えて書いたかと言うと、

「受け容れる」という事は、

「難しい」からです。

 

41年間「障害者」として生きて、

「この身体」しかやったことがない僕でも、

完全に受け容れて無いのです。

 

あれができたら、

「やってもらえる」とか、

「やってもらえない」とか、

考えなくても良い、

思わなくても良い❗️

 

身体に対しても、

人の考えに対しても、

「諦めが肝心」と言う人も、

言葉もある。

 

でも、

それができれば、

やっている❗️と、

心から叫び続けている。

 

結局、

「ありのままの身体」や気持ちを「認識」「理解」をしてもらえないことが、

「一番の大障害」

なのです。

 

もし今自分が、

「障害者」と言われるようになったなら、

「どう思うのか?」

「感じるのか?」

「受け容れられるのか?」

「割り切れるのか?」

いろいろな言葉があると想います。

 

「悩まなくてよいことを悩む」

「心が苦しい想いをしなくて済むのに、苦しい」

 

このような事は、

「問題提起」や「人の考え」に対する「変化」が起きる時、

「求めたい」時、

には有効なのかとも想う。

 

なんと❗️

生き辛い世の中、なんだろう…………

 

毎日、

「同じ問題」「行為」の中で、

「我慢」や「堪える」ことを、

しなくちゃいけないのだろうか⁉️

 

そのことを「憤る」だけでは、

なにも始まらない。

 

人の人生は堪えることもある。

 

でも、

「堪える」や「我慢」や「苦しみ」ばかりでは、

生きていけない。

 

それでも、

明日は来る。

ある意味、

来てしまうのです。

 

こんな、

「悲観的」になってしまう自分が、

いつも心に居る。

 

デイサービスにも行きたくない❗️

でも、

本当に行きたくないわけでは無い。

 

行きたくて、必要でも、

でも、

心が苦しくて。

 

僕の予定は大勢の人に「支えられて居る」。

だからこそ、

簡単には休めない。

 

それは、

人の気持ちを感じてしまう。

と、

想って居る。

 

僕は毎日、

人の心と向き合いながら生きて居る。

 

厳しい言い方をすれば、

生きて生なければならない。

 

「障害者」も、

「健常者」も、

苦しいことには変わりは無いのかもしれない。

 

「障害」から逃げたい、

好きなことを思いきりやりたい、

と、

「心の嘆き」で苦しむ自分が居る。

 

「前向き」に考えられない今、を、

 

生きて居る。

 

夢未来❣️ 004 ブログへの想い(2018.04.01)

❣️ブログへの想い❣️

もう

ブログを始めて1ヶ月が経った。

 

もう

みなさんも知ってのとおり、

代筆者が居ます。

 

これから何を描くのか❓、と

思うかたもいるかもしれません。

自分にも、

先は判りません。(笑)

 

でも、

5つくらいの話を建てて生きたいと、

考えました。

 

1.福祉に対する想い

2.未来を考えること

3.自分を曝け出すことに挑戦すること

4.趣味などの好きなことも描くこと

5.良い意味で、話す、考えるブログにしたいこと

 

この中での、

3について、

少し、

お話しさせてもらいます。

 

自分の「生活」「身体」について、

正直に描きたいと思います。

 

時に、

そこまで描くの⁉️

と、

良いの⁉️

と、

読んでくれるみなさんに伝えて生きたいと

想います。

 

ぼくのブログの記事は、

レポート用紙4~8枚までで、

今のところ書いています。

 

「できている」が正しいかもしれません。

 

描きたい内容を5つにしたのは、

「福祉1本」だと、

描いている自分が、

「疲れ」を感じてしまうと、

考えたのです。

 

描いている自分が、

描き終わった時に、

「疲れ」は良いけど、

描いている時は、

「楽しさを感じながら描く」をテーマにしたいのです。

 

でも、

「福祉」「介護」「気持ち」が、

大きな柱の1本。

「大黒柱」にはして生きます。

 

ぼくは、

野球が好きです。

野球には、

「キャッチボール」があります。

 

ぼくは、

インターネットの世界に、

「一方的」に、

記事を描くことになります。

でも、

自分の気持ちを届ける

「キャッチボール」をして生きます。

 

ぼくが「何を描きたい」のかが、

「重要」だとは想っています。

 

「何が描けるのか⁉️」

「どう描けるのか⁉️」は、

自分でも判りません。

 

自分には、

「1つの作品」という程、

大きいものは描けません。

 

でも、

このブログを、

「一つの作品」にして生きます。

 

今回のこの1本は、

「hisoshiの筆休め」の1本にします。